よこはま若者サポートステーション
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15歳~40歳までの就労支援施設です。個別相談を中心としながら、一人ひとりの「働くまでの道のり」を一緒に考えます。多くの機関や団体(人)との関わりの中で皆さんが社会の中で自分らしく生きていけるよう私たちは皆さんの活動を応援しています。

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失うこと
こんにちは。凸です。今日は暖かい日差しに恵まれた1日になりましたね。晴れの日は好きですか?
私はこの季節はこういう天気でも、気分が沈みがちで、自分の精神状態をコントロールすることが大変な毎日を送っています。特に思い当たる原因はなく、本当に季節の変わり目の不安定さだと思いますね。もちろん、体調も低空飛行です。いやなもんです。
早くキンキンに寒くなってほしい...。

さて、今日は「失うこと」というタイトルをつけました。
皆さんは宋文洲さんという方をご存知でしょうか?営業をやられている方なんかは、よくご存知の方かなと思いますが、私も以前会社員をしていたとき、よく宋さんのコラムを読んだり、講演会を聞いたりしていました。もともとはIT系の会社を日本で起業された方ですが、その営業管理手法が独特で、そちらのほうのコンサルもされていたようですが。(詳しくはネットで調べてみてください。)

私は営業のノウハウといった実践的な内容よりも、宋さんの人間味が好きで(直接お話したことは1秒くらいですが。)それを聞きに行っていたというよりか、自分の中にある泥臭い人間性を確認するために行っていました。これでいいんだよね?と。

コラムもとても面白く、よくネット上の記事で心に残ったものを、Wordにコピーして保存していました。
先日、時間があって、久しぶりに保存してあったコラムを読み込んでいました。

その中で「失うことの重要性(Nikkei Online)」というコラムがありました。

「(中略)些細なことで自殺する今日の日本には、十分に幸せなはずなのに幸せになれない人々が、大勢います。理由は簡単です。失う経験がないからです。得ることは当然であり、足りないことを不幸と考えるのです。その足りないことは、他人との比較によって常に作り出しているのです。だから常に不幸なのです。

 これだけ快適な社会に進化してきたのに、自殺者がかえって増えたのは政治や教育のせいだという論調がありますが、僕はこれに同意できません。外部にどんな素晴らしい環境があっても、人の内側に幸せな心を与えることはできません。

 「幸せを与える」という表現があるものの、その言葉の本来の意味は、幸せを感じる力のある人に対して、その条件を与えるという意味です。幸せ自体は本人の心で感じ取り、そして解釈するものです。 」

私はかつてこの文章で、たくさんの勇気をもらいました。色々な悩みを外部のせいにすることは、とても簡単なことですが、自分が気がつかない幸せや得るものを見ているのかと、自分の生き方や感じ方を見直した瞬間でもありました。

しかし、久しぶりのこの文章を読み返したとき、少し違和感を感じたのです。文面の大筋においては賛同することは変わらないのですが。
恐らく、この記事が書かれた約2年前(確か)の状況と、今の時代が変わりつつあることが一つ。そして、私自身が仕事を変え、多くの人たちと出会ったことによる変化があるのだろうと思いました。

確かに失うことで得ることはたくさんあります。失うことや失敗を怖がっていては何も進まず、時にその失敗は多くの人を評価を得たりする意味で、成功とは違う側面を持っています。

ですが、この文章の前提は「失敗しても、失っても何とかなる」という状況下においてのみ有効だと思います。
例えば、失敗しても職場の誰かがサポートしてくれるだろう、あるいは、失敗しても友人や家族に相談することでもう一度トライする力をもらえるだろう...etc...。

つまり、失敗しても、それを受け止める人や環境、あるいは財政的な余裕がなければ、その失敗は取り返しのつかない状況になりうる可能性もあるのです。それは「ささいなことで」自殺をするとは言い切れない状況になるのです。

安心して失敗できる環境や人。

まさしく、これが失ったり、失敗できる状況の一つだと思います。

今の若者が得るばかりで失う経験が少ないというのも、ある意味では当てはまる部分はあるのでしょうが、その前に、今の若者が失敗をしてくれたときに、受け止めてくれる人や社会、地域、コミュニティは存在しているのでしょうか?
そんなことを悶々と考えてしまいました。

失うことや失敗することで、私たちは直接的に自分の内側の「自尊心」傷つけてしまいます。
例えるなら、人間の中にある「自尊心」というものが、丸い球体だとして、きっと、その外側は傷だらけになっていることでしょう。ですが、内側から確固とした光がその傷を通して輝いているものだとも思います。自尊心とはそうやって、失ったり、得たりしながら、輝きを増すものでもあるでしょう。

傷ついた自尊心はある程度まで、自分の力で回復することは可能ですが、やはり多くの人の力によってその傷が少しずつ回復していくものでもあります。むしろ、その部分のほうが多いような気もします。若者を甘い!といっている、そこのあなた!あなたは失ったり、失敗したときに支えてくれる人や場の存在があって、それがどんなに幸せなことなのかを知らないだけなのかもしれませんね。

就労支援という枠組みは、日本においては非常に狭い分野です。「若者の意欲を喚起し」「職業意識や職業能力を醸成」すれば、どうにかなると思い込み、多くの政策は作られています。
私たちは、そうしたことを行う前に、彼らが信頼して安心して、失敗できる土壌(施設であり、相談員であり、彼らが戻ってこれる場であり.........)も必要だと考えています。
(もちろん、それ以外のも会社の雇用のあり方や制度の限界など数限りない課題はありますが。)

彼らの生活や精神状態を支えることと、キャリア支援はセットで考えていくべきものなのでしょう。

そのほかにも課題は山積していますが、宋さんのコラムを読んで、週末は色々と妄想しておりました。

かなり話題があっちこっちに飛んでいますが、ご容赦くださいね。
ではでは。

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