よこはま若者サポートステーション
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Author:サポステ
15歳~40歳までの就労支援施設です。個別相談を中心としながら、一人ひとりの「働くまでの道のり」を一緒に考えます。多くの機関や団体(人)との関わりの中で皆さんが社会の中で自分らしく生きていけるよう私たちは皆さんの活動を応援しています。

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虐待
おばんです。凸です。
朝晩、だいぶ涼しくなりましたね。昨日の夜は秋風が部屋の中に入ってきて(すきまだらけの家なので。)、とても良い気持ちで読書がはかどりました。春眠暁を覚えず、とはよく言いますが、この季節も同じことが言えます。秋眠、暁を覚えず...な夜でした。

さて、今日はドキッとするタイトルをつけました。「虐待」です。

私自身、この仕事につく前は「虐待」という言葉は知っていましたが、その本当の恐ろしさはあまり理解できていなかったと思いますし、それが普通の感覚だと思います。
そして、もちろん、この就労支援という業界に入って、まさかそんな「虐待」という言葉が頻繁に聞かれるとは思ってもみませんでした。自立という言葉の前で戸惑う若者の多くが、何かしらの背景を持ち、自立に進むことができません。跳び箱の前に置いてある、踏み切り台がない状態です。普通は助走しながら、徐々にスピードをつけて、跳び箱を飛ぶものでしょうが、さまざまな背景がこの助走期間をなくし、さらに踏み切り台をもなくしてしまうのです。

助走期間は難しい言葉に置き換えると「発達過程」という言葉でしょうか。
踏み切り台は、そうですね、「アイデンティティ」と置き換えてみると良いかもしれません。

サポステの利用者の中にも幼少期からの虐待が原因となって、通常の発達過程を歩むことができず、アイデンティティが確立されず、社会との隔絶感を味わいながら毎日を過ごしている人もいます。



虐待は子どもの頃の問題と思いませんか?



私が抱く違和感はここにあります。子どもが虐待によって児童相談所に保護される話はニュースでも多く取り上げられ、もはや珍しくないニュースとなって新聞記事をにぎわすこともなくなりました。

しかし、サポステに来る虐待経験者は、その養育段階において、誰にも発見されず、誰にも相談できず、年齢を重ねてきた人が多いのです。

これが何を物語るか、想像できるでしょうか。
その結果が、どういう人物を作り上げるかが想像できるでしょうか。


この話をスタッフにしたとき、一言

「生きてることが、死ぬことより辛い状況だよね。」

その通りだと思います。

虐待の問題に限らず、私たちのところへ相談にやってくる多くの若者は、「幼少期や学齢期に問題を見過ごされて育ってきた」人たちなのです。いじめや不登校の問題もそうでしょう。経済的な貧困状態も同様のことが言えます。

その人たちが、自分に自信をもち、自分とはどういう人間なのか、どういう存在なのかを人間関係の中から見出し、自己を確立していく。そして、自分の「これから、どう生きるか」を考えることは、どれだけの時間が必要になるのでしょうか?

あるいは、そうした経験を持ちながら、仕事に就けた人は、どういう気持ちでこの社会を生きているのでしょうか。

私たちの業界では、よく「予防的な措置」として「小学校からの職業観の醸成などのキャリア教育」をするべきだという話が色々なところで聞かれます。

それも必要なことなのでしょうが、そんなことに時間を割くのであれば、私はもっと子どもが抱える問題を丁寧に見ていただきたい、と言いたい。子どもは大人に気を遣うのです。親の顔色、先生の顔色を伺って、どんな言葉を言えば褒めてもらえるのかを敏感に察知します。だからこそ、丁寧に見ていただきたい。

何か社会的な問題があると、政策的にすぐにダイレクトな手法で解決策を図ろうとします。しかし、それは得てして背景を見過ごし、見当違いな施策になっていて、さらにそれを修正するだけでも、莫大な時間とお金を要することは、現場で動いている私たちから見れば、ちゃんちゃらおかしい話に見えるのです。

何かアクションを起こすことは大切なことですが、既存の施設や政策で対応できることはないのでしょうか?

サポステにきて、私たちの顔色を伺いながら、本音を隠しながら話をしている若い人を見ると、悔しい気持ちになります。

「サポステのスタッフさんは信用しています。」「何でもやります。」
「いつも話を聞いていただいて、本当に申し訳ない」

本音じゃないって、分かってるよ。気を遣わなくていいんだよ。
自分のやりたいこと、これまでの怒りを出していいんだよ。

あなたは、あなたとして生まれてきた。だから、あなたとして、生きてほしい。
あなただけの人生なのだから、誰に遠慮することもないのです。

一人の大人として、彼らを前にして、非常に無力感を感じる今日この頃です。



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