よこはま若者サポートステーション
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Author:サポステ
15歳〜34歳までの就労支援施設です。個別相談を中心としながら、一人ひとりの「働くまでの道のり」を一緒に考えます。多くの機関や団体(人)との関わりの中で皆さんが社会の中で自分らしく生きていけるよう私たちは皆さんの活動を応援しています。

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Communicateとは。
こんばんは。凸です。
皆さん、生きてますか?この暑さにやられてませんか?私ですか?ちょっとやられてます。

さて、今日はCommunicateとは。というタイトルにしました。
コミュニケーションってなんだ!曖昧すぎるぞ!という内容。
このタイトルのヒントは前回行われたサポステナイトのテーマでした。「コミュニケーション能力はスキルだと思いますか?」というテーマでした。どうでしょうか。

この質問に対して、色々な意見が出ました。
「スキルの要素もあるけど、本人の性格とか資質の問題もあるから、ハーフ&ハーフ」
「ハーフ&ハーフの資質の方が多い感じ。」
「ハーフ&ハーフだけど、スキルの方が多いと思う。」
「いや、スキルじゃねえ!」
などなど。

でも、結局のところ、「コミュニケーション能力」って何だ!?「スキル」って何?というところで、全員が考え込んでしまいました。

イメージ的に「コミュニケーション能力」というと、はきはき人前でも話ができたり、対人関係の調整能力があったりという一面がクローズアップされがちですが、口下手な人でも一生懸命話をすることで伝わるものがたくさんあるということも事実です。

恐らくビジネスにおける「コミュニケーション」とは限りなく「プレゼンテーション」能力に近い部分があるのではないかという話も出ました。うん、おもしろい議論です。

私の経験談をお話したいと思います。

前にいた会社は東京のオフィスに700名くらいの社員がいるところでした。
そこには「メールルーム」という場所があって、毎日届く宅配便や手紙・書類を取りまとめ、各社員に配布する、また逆に出荷する荷物や郵便の取りまとめもする場所でした。
そこには一人の若者が働いていました。
とても、寡黙で、会話をするときも、とっても緊張しているのが伝わるくらいシャイな男性でした。正社員ではなく、運送会社からの出向という形で勤務していました。
彼はお世辞でも「コミュニケーション能力」があるとは言えないタイプだったとは思いますが、その仕事ぶりは目を見張るものがありました。オフィスは全部で3フロアに分かれていて、事務職はデスクが決まっていますが、外回り部隊は席が決まっておらず、だったぴろいフロアにデーンと置かれているデスクを好きに利用できるような仕組みになっていました。

彼のすごさは郵便・宅配便をデスクに届けることはもちろん、FAXも届けてくれたり、文具の補充などこまごまとした庶務的なものもやっていました。本当に不思議なことに、FAXは受信した時間の5分以内に必ず私のデスクの上においてあったことです。
これを700人分、一人で回すわけですから、相当な業務になると思うのですが、いつも黙々と涼しい顔をしながらオフィスを歩いていました。
当然、どこの席にどの人が座っているか、誰がどのエリアにいるかは押さえていることはもちろん、社内の情報も彼の元に集まることが多く、私はよくメールルームでおしゃべりさせてもらっていました。

こんな仕事ぶりですから、社員の評価は非常に高く「影の社長」「影の権力者」などと賛辞が集まり、誰に聞いても「彼の仕事はミラクル」という言葉が返ってきました。

さて、どうでしょうか。コミュニケーション能力がそこまで高くない彼ですが、その業務内容と彼の性格がぴったりマッチしていた結果だったと思います。

もちろん私も彼の仕事ぶりは尊敬していましたし、社員の誰よりも朝早く出勤して、夜も最終の宅配便が出るまではメールルームに常駐していました。

最近は、特に「コミュニケーション能力」至上主義が目につきます。
特に採用の基準が「コミュニケーション能力」というのが、ネットや書籍にも出ていますが、いったい何を持ってして「コミュニケーション能力」というのでしょうか。

私はこのテーマを通して、久しぶりにメールルームの彼を思い出しました。

誰もがコミュニケーション能力を上げる必要はないと思います。
その人の性格や特性にあった仕事がきちんとマッチできていれば、そんなに問題はないと思うのですが。

皆さんは、どう思いますか?

自分で自分の可能性を潰す可能性
こんにちは。スタッフの凸です。
今日は久しぶりの雨 ですね。少しは気温が下がると良いのですが、こう暑い毎日が続くと、とっとと秋が着て欲しいと思うもので、人間とはワガママなものだなと思います。梅雨のときは早く夏よ来い!と思っておきながら...ブツブツ。

さて、今日のタイトルは分かりにくいですね。「自分で自分の可能性を潰す可能性」。
なんのこったい。

これは主に「仕事」についてですが、きっと「人間関係」についても少し応用できるのではないかと思います。
少し自分語りになってしまいますが、私が初めて会社に入ったのは、いわゆる「営業」と呼ばれる分野でした。少し特殊な仕事で、クライアント(企業)がプローモーション(販売促進)のために企画したイベントを請け負って、さらなる企画提案を行ったり、実際にイベントやキャンペーンを運営するような仕事で、営業もそうですが、実際的な運営や、お客さんに出す見積もりまで作成するアサークヒローイ仕事をしなければなりませんでした。

しかし、私は当時から「これだけはやりたくない。」と思っていた仕事がありました。
1 営業
2 外出の多い仕事
3 飲み会の多い仕事

そして、初めて就いた仕事は、これら3条件を全て満たす仕事だったわけです(笑)。
この頃は就職超氷河期時代で、正社員として何らかの仕事につければラッキー。という状況でしたので、私も贅沢を言っている場合ではないと思い、入ってしまったわけです。

当然、入社した当初は雑用ばかり。私の場合は、ひたすら倉庫(イベントはたくさん物品を使うので、倉庫が会社の中にありました。)の整理と電話番、入力作業と体力ばかりを使う仕事でした。当然、ふてくされます。
「あたしは、こんなことやるために会社に入ったんじゃないわ〜!」などと、心の中で思いながら。

また、とにかく、飲み会が多い職場でした。イベントを仕事にしているので、基本的にはテンションの高い人間たちなので、週末が近づくと居酒屋にいって、2次会はカラオケに行って、帰りはタクシーが基本...という状況。

そして、ランチはOLさんたちの「集団ランチ」。これもまた、苦痛の種の一つでしたね。

仕事は常に斜に構えてやっていたと思います。当然、上司には分かるわけです。ですが、上司は何も言いません。

私が自分自身の態度を改めたのは、ひょんなことから、中規模のイベントの担当になった時でした。まだ、入社して半年そこそこ。やったことがあるのは、倉庫作業...。そして、一緒にやるのは、当時最大に苦手だった上司でした。もう最悪でしたね。モチベーションのない仕事と苦手な上司。これ以上の苦痛はありませんでした。

ですが、お金をもらっている以上、やらなければならない。とにかくイベントが終わることを祈って、毎日一生懸命に仕事をしました。(イヤイヤながら。)そんなとき、それまで私の存在自体に無関心だった課の人たちが、私のサポートをしてくれるようになりました。

「DMを作るなら、○○さんに原稿をもらって作ると良いよ。」
「大丈夫?今日は早く帰れるから、できない仕事があったら言って。」
「あの課長は、こういうところに気をつければ、大丈夫だから(笑)。起こられても凹むな!」

こんな内容のメールが、隣の席から、前の席から飛んでくるようになりました。(担当イベントがきっちり分かれている職場だったので、気軽に他人の仕事を手伝う雰囲気ではありませんでしたので、メールでこっそりという感じでした。)

そして、極めつけは苦手な上司のこんな一言でした。
「凸、何を怖がってるか知らねえけど、イベントなんてもんは、当たり前に考えたことを、当たり前にやればいいだけだ。そんなにイライラすんなや。」(←口の悪い人です。)
多分、心配して声をかけてくれたんでしょう。

私は、これまでの自分の仕事に対する姿勢を反省しました。
小さな仕事すら、正面から取り組めなかった自分と、周りにいた人に対する偏見(自分は干されてると思ってましたから)、何よりも「そうした仕事や人を、きちんと見なかった」自分に対する反省でした。

イベントは大成功。課をあげて、現場に出て私をサポートしてくれました。
その後の、飲み会の楽しかったこと。。


そして、私は元の倉庫屋に戻りました。が、今度は倉庫を完璧に整理することを目標としました。おかげで、狭い倉庫をカテゴリ順に分けたり、いらないものはドンドン捨てたりして、たったこれだけのことで、仕事が俄然楽しくなってきました。そして、いつしか私は倉庫業から離れて、イベントをディレクションする仕事をするようになったのです。あんなにキライだったお客さんとの飲み会も、会話の中から自分の勉強になる部分がたくさんあることを知り、あんなにキライだった外出や出張も、全国各地の人との交流(食べ物も!)が、自分の血となり、肉となるのを感じることができました。

今でも当時の苦手な人たちとの交流は続いています。
苦手だった人の言葉は今も鮮明に私の心の中の支えになっています。

私たちは時として、自分の気持ちだけで、人や仕事を判断してしまいます。
そして、それが「つまらない」仕事に見え始めると、もう途端に許せなくなる。すぐにでも辞めたくなって、仕事自体に面白みがまったく見出せなくなりますし、「つまらない」人間に見えると、もうそれ以上に評価は上がらない。
それは、本当にそういう部分もあるのでしょうが、自分自身でそういう「レッテル」を貼っている可能性もあるのではないでしょうか。

ですから、今日は「自分で自分の可能性を潰す可能性」という分かりにくいタイトルをつけました。

自分がこれまで作り上げた価値観はなかなか変えることはできません。
ですが、「自分の価値観を広げられる可能性」は、どんな仕事の中にも、どんな人の中にも眠っていると思います。

それに気づけるか、気づけないか。それは、自分の気持ち次第の部分もありそうです。

さあ、大きく息を吸って、両手を広げて、今日も歩いていきましょう。

障害だと思っていたモノやヒトは、ひょっとしたら、あなたの可能性を広げるモノやヒトになるかもと思うと、少し、気が楽になるかもしれません。

長くなりました。


※いつも「拍手」をポチッとしていただいて、ありがとうございます!
コメントを寄せていただく方もいらっしゃるのですが、返信の対応がなかなかできませんので、拍手機能をストップさせていただきました。(すみません、ブログの機能をいまいち把握していない凸でした。)
マイナスな感情を見過ごすな!
こんにちは。凸です。猛烈に暑い毎日が続きますが、体調など崩されていませんか?
私は冷房を使わないキャンペーンを一人で実施していますが、さすがに夕べは眠れなくなり、冷房を入れて寝てしまいました...。私が子どもの頃に比べても、温暖化が肌身で分かりますね。

さて、ずいぶんご無沙汰してしまいました。久しぶりのブログです。

「マイナスな感情を見過ごすな!」というタイトルをつけました。

秋葉原事件から引き続き、色々な殺傷事件が起きています。
何人もの若い人が命を落としています。本当に痛ましいことです。

自分の心の中で蓄積された、不安や怒りや恐怖が爆発すると、こうも人を傷つけてしまうものなんでしょうか。一方で自分を傷つける人もいます。
ここまで来る過程の中で、何かできなかったのか、誰か気づかなかったのかと悔やむばかりです。そして、私自身、若い人たちの小さなSOSを見逃してはならないと、気を引き締めました。

今日は「自己カウンセリングとアサーションのすすめ」という本(平木典子著 金子書房)の中から、文章を紹介したいと思います。

○マイナス感情も人を育てる
「殺したいほどの憎悪」とか「はらわたが煮えくり返るような恨み」など、一人では対応仕切れない感情もありえます。このような感情は悪であると決め付けたい気持ちにもなるでしょう。しかし、このような激しい、破壊的ともいえる感情は、実は早期に気づくべきマイナス感情に気づかず、抑圧したり、ためてしまった後で、あふれ出てくるもので、実は、もとは「好きでない感じ」や「困った感じ」であったことが多いのです。

私は、この本は利用者さんとの相談の中でも一緒に読んだり、一説を取り上げて、議論をしたりする本にしており、非常に重宝しています。私たちの日常生活では、話したいときに、すぐに話すことができる環境はなかなかありません。(サポステも例外ではなく、予約制で話をしていますし。)
そうなると、自分で自分の気持ちを眺めてみること(難しい言葉で言うと、俯瞰的に感情を観察するという感じでしょうか。)で、自分の感情が整理されてくる方法を知っておくことも、役に立つかもしれませんよね。

また、よく聞くのは、「マイナスの感情(キライ・憎い・怖い...)」を「もってはいけない」と思い、その感情に蓋をしてしまうことです。これは、自分で自分の心に蓋をする「だけ」のことですから、その感情が消えるわけではありません。その感情を無視することで、心のどこかで、その感情が膨れ上がり、爆発し、暴走するときもあるのです。

私たちの心は「私たち自身のもの」であり、「自分勝手」なもので良いと思います。
心の中だけは、誰からも侵入されない、完璧にプライバシーが守られる存在です。

私自身も自分自身の感情をよく観察するようにしています。
今日はなんだかイライラしているな...スタッフに八つ当たり(笑)しないように気をつけないと。今日はなんだかノッてる感じがするな。キライな事務作業もはかどるかもしれない。などなど。
感情を観察するだけで、次の一手を考えることができますよね。

これでも、自分の中で処理しきれない感情が発生した場合、私はスタッフや信頼できる友人に話をしてみます。こう思ってしまうんだけれども、どうだろうか?と。

必ずしも、すぐに出る答えではありませんが、感情の流れを声に出して説明するだけで、自然と心が落ち着くときもあります。(もちろん、猛烈に怒っている場合は、収まりませんので、ゲーセン行ったり............、私も人間なので、そう簡単に収まらない場合もあります...。)

あなたがもし、怒りや悲しみや不安や様々なマイナス感情にさいなまされて、どうにもできないとき、少し落ち着いて、自分自身の感情を覗いてみましょう。


それが、もう一度、前を向いて歩みだす、小さな小さな第一歩になるかもしれません。


私たちサポステでは、自立や就労に関わる相談を目的としていますが、将来の選択を迫られるときのストレスは本当に大きいものです。それは決して、悪いことではなく、誰しも抱えている感情です。
ですから、小さな感情の揺れ動きがあれば、それが大きくなってしまう前に、それをサポステで話してみてください。
気持ちを整理していくことも、私たちの考えるステップの一つです。

命は本当にはかなく、自分の意思ではどうにもならないものです。
だからこそ、その命を支える、自分自身の感情を大切にする必要があるのだと思います。



『支援』とは何か。
こんにちは。スタッフの凸です。
ずいぶん太陽の光を見ていませんが、太陽はゲンキでしょうか。
あと1ヶ月くらいは、こういう天気なんですよね。正直、一番テンション下がる季節です。
と、言ってる余裕もなく日々頑張って生きています。ハイ。

今日は「支援とは何か。」というタイトルをつけました。
このテーマで書こうと思ったきっかけがあります。
サポステに来る若者は様々な背景を持っています。不登校経験者だった、就職したけど、対人関係のトラブルや各種ハラスメントによって辞めざるを得なかった方、家族問題を抱えている方、などなど、悩みや背景は人それぞれですが、真剣に自立に向かって、スタッフと共に取り組んでいます。

そんな中で、ジョブトレーニングや外部での経験の中で失敗や挫折を経験する方もいます。
ですが、それは次のステップに行く経験の一つです。その失敗や挫折と、どう折り合いをつけて次に進んでいくか、ということも相談の中で振り返っていくようにしています。

とある、関係者(それなりにエライ肩書きを持った方デス。)が、
「そんなのはかわいそうだ。」
と仰いました。恐らく、その挫折や失敗を経験している中で本人と話をしたのでしょう。
ですが、本人はその失敗や挫折をうまく乗り越えるべく、サポステで試行錯誤をし、今、次のステップへと順調に進んでいるところです。

ふかふかの羽毛布団にくるんで、その人を傷つけないようにしたり、前もって障害物を支援者が取り除くことが本当の支援なのでしょうか。

そういう意味で、私は「支援」という言葉を使うのがキライです。
支援する側と支援される側という、何か上下関係のようなものを感じます。

ですが、「支援」という言葉を見てみると、「支え、応援する」という意味になりそうです。
私は、この言葉には大いに共感できます。

私たちは、彼らの人生の代打者としてマウンドに立つことはできません。
「かわいそう」という言葉でや行動で、一時は彼らを守ることはできても、いつか、彼らは私たち支援者の元から旅立ち、新たな人生を進んでいきます、果たしてそれ良いのでしょうか。

大事なことは、失敗や挫折をしたときに、真っ先に頼れるところがあるかどうか、真っ先に話をする場所があるかどうか、そして、それを話し合いながら、次の「糧」に変えていけるかどうかだと思います。
そういう意味で、サポステは安心して失敗できる場所でありたい、困ったときに相談に乗れる場所を目指したいと思います。

支援者として以前に人として辛さや悲しみに共感をし、共に悩み、共に考え、本人が自己決定しながら人生を歩めるようサポートしたい。

ですから、私は様々な経験を積む過程での挫折経験や失敗経験は、「かわいそう」だとは思いません。

そもそも、私が利用者だったら「かわいそう」って言われたくないですし。
「かわいそう」ってすごい上目線的な発言に聞こえません?

と考える私は相当のヒネクレ者かもしれません。


おかしくない?
こんにちは。スタッフの凸です。

今日は土曜日ということで、サポステが終了した後、残業をセコセコと...。

毎週土曜日の受付担当はボランティアの男性がお手伝いしてくれています。
平日は普通の会社で経理マンとして真面目に勤務して、土曜はサポステのために時間を使ってくれています。受付でサムいギャグを飛ばしては利用者さんから引かれている彼ですが、なかなかの好青年で、私は個人的にとても信頼を寄せている人物です。

とまあ、いきなりの紹介なのですが、残業が一段落ついた後、少し彼と雑談をしていたのですが、
秋葉原事件の話になったところで

「オレ、彼自身の話もいろいろ思うところあるんですけど、
あの事件が起きた後、一生懸命救護をしている人とかを写メールで取ってたり、笑いながら携帯で実況中継してたりする、あの神経が分からない。おかしくない?」

!!!!

「とはいっても、オレは血が苦手だから、もし遭遇したら多分見てられないと思うけど。。」

私も違和感を感じていました。新聞に載っていた写真。
ものすごい野次馬の数。そして携帯で写真を取っている人たち。

実は数日前にスタッフ同士でその話をしていたところでした。

「前さ、人身事故に遭遇したときも、遺体の写真をみんな淡々と撮影してるんだよね...。」

なんて話をしていたところです。




なんか、おかしいですよね。
何もかもが。




ああやって、携帯を通して現場を見ることで、少し距離感を持って物事を見られるから楽なんでしょうかね。




だったら、彼のように逃げ出した方がよっぽど健全だと思いますけど。






あなたなら、現場に居合わせていたら、どうしていましたか?